日本共産党

2009年4月19日 (日)

分裂、武装闘争方針などをのりこえてこその結党といえるのでは?

日本共産党は、1950年ごろ、武装闘争方針をとったりしたため、また、戦前の流れをくみ、ソ連や中国の主張に振り回されて、分裂。全体として「党」と呼べる状況にはなかった。56年まではスターリン批判すらできなかったのである。

これを日本共産党の50年問題という。以下に参考資料。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A

こうした歴史からみると非常に甘く同情的に日本共産党をみても、現在の日本共産党へのつながりが確立したのは早くて1956年頃ではないのか。だとするとせいぜい党創立50周年くらいじゃないのかなあ。それとも、故人宮本顕治氏の銃刀法違反などについては無視するのかなあ。治安維持法違反だけじゃないんだよね、彼の罪は。

全く、過去は消せないのに、汚いやり口だ。善意の党員を巻き込んでいるだけにたちがわるい。侵略戦争の反省とか、核兵器廃絶とか、どれも党創立から86周年だということになると明白な問題点が浮かび上がってくる。自らが過去について反省し、責任を負う覚悟もなしに、政府の態度を批判するのだから恐ろしいところである。

実際、私は、天安門事件の頃、中国共産党に対し「鉄砲政権党だ」などと厳しく批判していたので自主独立の党かと思って入党したが、ガッカリだよ。最近では、なぜ中国共産党との交流を再開したのかと中央委員会に質問すると「わが国の政党で中国共産党と友好関係を持っていない党はない」との返事。

さらに、党規約には、「どの党員もどんな党の各組織について質問し、回答を求めることができる」とあるのだが、不破哲三社会科学研究所長兼常任幹部会委員の山荘が、公私混同しているとの週刊誌への反論が全くなされず、私が党員だったときにも「回答」をいただくことはできなかった。しかも、私は党員なのに「防衛上の問題がある」といって電話に出た者の名前すら言わなかった。そして、その後山口県委員会から、私に対して「党の専従にならないか?」」との誘いがあった。幽閉しようとしたのだ。こんなに私を裏切った党を離党するのは当然の成り行きだよ。

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